『閃光』(Lem'alar)第3の閃光 — 永遠性の奥義
唯一の真なる愛:「ただあなたのみが永遠であられる」
滅びゆく被造物への執着がなぜ悲哀に終わるのか、そして「おお永遠なる主よ、あなたのみが永遠です」という叫びがいかに人の心の最も深い傷を癒やすかを解き明かします。
— Bediuzzaman Said Nursi, 『閃光』(Lem'alar), 第3の閃光 — 永遠性の奥義「おお永遠なる主よ、あなたのみが永遠です(ヤー・バーキー・アンテル・バーキー)」の第一の階梯:人の心は本質的に永遠のために創られています。人間の本性は本質的に不滅を愛します。しかしこの現世で愛されるあらゆる対象は移ろいやすく、消滅の運命にあります。人が滅びゆく形あるものに究極の愛を注ぐ限り、それらの別れと消滅は心に癒えぬ傷を刻み続けます。 それゆえ「あなたのみが永遠です」という宣言は、傷ついた心への最高の妙薬となります。「悲しむことはない。あなたが愛したものは去るが、それらの真の源泉であり美の根源である主は永遠であられる。移ろうものを主のために愛しなさい。そうすれば別れの絶望に苦しむことはない!」 第二の階梯:人は自分自身の肉体や存在をも激しく愛します。しかしその身体もまた脆く、朽ちていく運命にあります。己を見つめるたび、人は消滅の恐怖に震えます。この第二の階梯は告げます。「あなたは自分自身の所有者ではない。あなたの存在は永遠なる主の所有である。その永遠なるお方に己を結びつけよ。そうして永遠の生を得よ!」
哲学的要点
愛の絶望は、移ろうように創られたものに永続を求めることから生じます。愛が永遠の源へと向け直されるとき、無常さはその毒を失います。
一問一答解説
Q これは人間や自然界を愛するのをやめるべきだという意味なのか?
A まったく違います。それらを独立した偶像としてではなく、永遠の創造主の反射であり贈り物として愛せよという意味です。光の主のために反射を愛するとき、愛は純粋で優しく、執着の不安から自由になります。