『言葉』(Sözler)第32の言葉 — 第3の座

陽光と割れる鏡の比喩

儚い美の消逝は消滅ではなく、鏡が移り変わり、永遠の源が輝き続けることの証である。

流れる川の泡や光る水面の上で、太陽の光は輝いては消えていきます。去りゆく泡は自らの消逝を通して語ります。「太陽は一つであり永遠である。私たちは消え去るが、太陽は留まる。」 後に続く新たな泡がまったく同じ光を放って流れていくように、この宇宙の万物は至高の美の輝きを映す鏡として次々に現れては去っていきます。 ゆえに、去りゆくこととは鏡が入れ替わることにすぎず、真の光の永遠の更新と不変の証明なのです。

— Bediuzzaman Said Nursi, 『言葉』(Sözler), 第32の言葉 — 第3の座

哲学的要点

壊れやすいガラスの鏡に心を奪われるのではなく、沈むことのない永遠の太陽を愛しなさい。

一問一答解説

Q なぜ美しいものが消えるとき、心は悲しみを覚えるのか?

A 心はもともと永遠を求めるよう創られているからです。永遠の源ではなく儚い器そのものを愛してしまうとき、別れの苦痛が生じます。源を知ることで悲しみは感謝へと変わります。