『言葉』(Sözler)第30の言葉 — 第一の目的 (エネ/自我論)

宇宙的比較の物差しとしての「私」

人間の主観的自我と仮想的領有がいかに無限の神的所有と知恵を知るための物差しとなるか。

「自我(私)」とは、隠された至高の宝を開く鍵であり、探求者です。知恵ある創造主は人間に「私」という仮想の比較の尺度を託し、その小さな物差しを通じて自らの絶対的属性を理解させようとされました。 境界も限界もない無限の絶対性は、有限な被造物には直接捉えきれないからです。例えば、人間は自らの限られた知識を通して全知の知恵を理解し、自らの微小な力から無限の全能を推し量り、自分の部屋を治める小さな領有感から宇宙全体の絶対的統治を悟ります。 しかし、人間が「私」を借り物の比較基準ではなく真の絶対的所有者であると誤認するとき、信託を裏切り、傲慢の罠に落ちるのです...

— Bediuzzaman Said Nursi, 『言葉』(Sözler), 第30の言葉 — 第一の目的 (エネ/自我論)

哲学的要点

自我は独立した王国ではありません。無限なるものを測るために貸し与えられた物差しにすぎません。

一問一答解説

Q 人間の意識が自らの相対的・比較的な本質を忘れると何が起きるか?

A 実存的な孤独と自我の偶像化に陥ります。自分自身を所有していると錯覚した瞬間、力と平安の無限の源から切り離されてしまいます。